シンジ=庵野監督から見て、碇ゲンドウ司令官は宮崎駿監督の化身である。宮崎ゲンドウの右後方には常に高畑勲監督が立ち、宮崎氏を補佐している。
高畑監督と宮崎監督は理想のアニメ映画を作るために、60年代は東映動画(=旧東京市)、70年代は日本アニメーションやテレコムなど複数のスタジオ(=第二新東京市)を遍歴してきた。スタジオジブリとは彼ら二人のユートピア=第三新東映動画なのである。
時に、西暦1983年。庵野氏はTVアニメ「超時空要塞マクロス」で異常にテンションが高いメカ描写をやっていたのが注目され、宮崎駿監督作品「風の谷のナウシカ」の作画作業に招かれた。
この時の宮崎監督と庵野氏の出会いが、まさしく「エヴァ」第壱話の父子対面のシーンである。
「カットを上げろ!」「ぼくが描くの?そんなの・・できっこないよ!巨神兵なんて描けるわけないよ!!」「描くなら早くしろ。でなければ、帰れ!」
挙げ句、庵野氏は原画作業のしんがりまで居残り、無人と化したスタジオで巨神兵を延々と描くハメに陥った。